町でたった一人のケアマネとして島の暮らしを支え続ける

Profile

筒井 勝子(つつい かつこ)さん

 小値賀町・黒島出身。高校卒業後に島外で就職するが、家族への思いから23歳で小値賀へ戻る。結婚・出産を経て、29歳の時に小値賀町社会福祉協議会へ入職。以降、30年以上にわたり福祉の現場一筋で歩んできた。現在は町で唯一の介護支援専門員(ケアマネージャー)として、約40人の高齢者の生活に寄り添い続けている。

「母親のために帰ってこんば」――帰郷から始まった、福祉の道

小値賀町の黒島で生まれ育った筒井かつこさん。高校卒業後は「だって小値賀に仕事がないけんね」と島を出た。2年の時を経て、小値賀へ戻った。

「母親のために帰ってこんばかなって思いのあったとね。」

家族への思いが背中を押し、再び小値賀へ。
その後、23歳で結婚し2人の子どもを育てながら暮らしを整えていった。

転機が訪れたのは29歳のとき。
上の子どもが4歳になり、働きに出られるようになったタイミングで小値賀町社会福祉協議会へ入職。ここから、30年以上続く「福祉の道」がスタートした。

仕事を始めた当時は、今の自分の姿を想像していなかったという。

「最初からケアマネになろうって思ってたわけじゃなかったとよ。でも、気づいたら“これが自分の天職だったんだ”って思えるようになって。」

家族のために戻った島で、人生の仕事と出会うことになった。

たった一人で40人を支える――制度と人情の狭間

「今の小値賀の高齢化率、52%よ。」

筒井さんの言葉には、数字以上の重みがある。
町にたった一人のケアマネとして、約40人の高齢者を担当。
介護保険サービスの調整、書類作成、家族との連携、事業所との調整――そのすべてを一人で担っている。

しかし、仕事はそれだけでは終わらない。

「本当はケアマネの仕事じゃないけど、せんばよねっていうことはたくさんあります。」

たとえば、金銭管理に介入し、葬儀費用の積立を一緒に銀行で手続きしたこともある。

「小値賀はね、ここまで関わらんばっていうケースがあるとよ。」

それが責任となり、時に負担となる。
しかし同時に、深い喜びとなる瞬間も確かに存在する。

かつて担当したご家族から声をかけられた時のこと。

「筒井さん、還暦になったねぇ」

その言葉に胸がじんと熱くなったと話す。

「顔を覚えてもらえるとね…そういうのって嬉しいかな。」

“制度”だけではない。
“人”と“人”としてのつながりが、この仕事の核心であり、彼女の原動力となっている。

「キャパオーバーにならんごと」――島で働く次世代へ伝えたいこと

写真:社協の立ち上げ当初から共に働き続けてきた崎村さんとの一枚。

町でただ一人のケアマネとして働き続けてきた筒井さん。
今、最も気がかりなのは「後継者がいない」ということ。

「後継者おらんしね、今んとこ。ケアマネの後継者が出てきたら、私は身を引きたいんです。若い人の力は必要やけん。」

若い世代へ、経験を引き継ぎたい。
その思いは強い。

30年以上の現場経験から、島ならではの“距離感”の難しさも身にしみてわかっている。

「入り込みすぎもダメと。だけん、その距離感が難しいっていうところかな。」

小さな島では、誰もが誰かの知り合い。
関わり過ぎると負担になるし、離れすぎると支援が届かない。

だからこそ、これから島で働く人・移住してくる人に伝えたいメッセージがある。

「キャパオーバーにならんごとね。あんまり抱え込みすぎると、自分がつぶれてしまうけん。思うことはありがたいんだけれども、うん…」優しさが溢れる島だからこそ、自分を守る距離感も大切――。
それが、長く幸せに島で暮らしていくためのヒントだ。


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