知る、問う、提案する離島の教育

Profile
出口 陽菜(でぐち ひな)さん
小値賀町・宮崎地区で暮らす高校生。実家は建設業を営んでおり、4人兄弟の末っ子として家族の温かさと島の風景の中で育つ。幼い頃から小値賀の小中高一貫教育のなかで育ち、地域を知り・問う経験を積んできた。
現在は、医療職「放射線技師」を目指しながら、少人数校ならではの慌ただしい日々と向き合っている。
小値賀の教育で育まれた主体性

「6人家族で、兄が3人。私は末っ子なんです」
そう言って笑うひなさんは、生まれてからずっと小値賀で育った。
小さい頃から外遊びが好きで、あたご山に家族で夕日を見に行ったり、春にはお花見をしたり。
島の古い町並みを歩くと、どこか安心する理由は「小さい頃から見てきた景色だから」なのだろう。
陽菜さんの原点にあるのは、小値賀独自の小中高一貫の地域探求学習だ。
「小学校は地域を『知る』、中学校は地域に『問う』、高校は地域に『提案する』。小値賀はそこが全部つながってるんです」
まず小学校では地域を「知る」学びを。町探検や歴史に触れる授業が多く、校舎のきれいさも自慢だったという。
中学に上がると地域に「問う」学びへ進む。中学3年生では議会に参加し、陽菜さん自身も「船代が高い理由」を堂々と質問した。「自分で考えて、言葉にして伝える」という経験は、人数が少ないからこそ一人ひとりが担う役割が大きい小値賀ならではの学びだった。
少人数校ゆえ、学校行事はほぼすべてが生徒主体。合唱の伴奏を担当したり、学習発表会のシナリオづくりから道具の準備まで一手に担ったり。与えられた役割ではなく、自分たちで考えてつくる時間が当たり前にあった。「先生が全部決めるんじゃなくて、自分たちで考えることが多かったです」と陽菜さんは語る。
「自分で考えて、行動する」
この力は小値賀の教育によって育まれてきた。
忙しさの中で磨かれた「自分を整える力」

高校1年生になった今、ひなさんの毎日は驚くほど忙しい。
7時間授業の日もあれば、放課後は部活が6時半まである日も。帰宅して、夕飯、お風呂、そして宿題。土曜日も午前中は部活、午後はピアノのレッスン。
ときには「ヨルバド」という夜のバドミントン活動にも参加する。
こうした時間に追われる日々のなかで、支えになっているのが「生活手帳」だ。
「1日の計画を書いて、終わったら振り返りを書きます。先生がコメントをくれるので、ちゃんと頑張れてるのか分かるんです」と、自分でその日の計画を立てて行動している。
また、小さな学校だからこそ、行事はほぼ“全員参加”。 文化祭はたった2週間の準備期間で企画から運営まですべて自分たちでつくり上げる。 体育祭の道具が船の欠航で届かないときには、先生が買い出しに走ってくれたこともあった。
多忙な日々のなかで、ひなさんは少しずつ「自分の時間や気持ちを整える力」を身につけてきた。
ただ、小値賀の暮らしは良いことばかりではない。
噂があっという間に広まること。 都会的な服や目立った格好がしにくいこと。
「人目を気にして、自分のやりたいことができない…ってなることがあります」
島が好きだからこそ、よりよくあってほしい。
そんな願いが、陽菜さんの島に対する言葉からうかがえた。
島で育った強さを胸に、放射線技師をめざす

将来は、放射線技師になりたい。
医療ドラマを見て興味を持ち、看護師の知り合いから「ひなに向いてると思うよ」と背中を押された。
小さな頃から、なんとなく医療の道に惹かれていた気がする、と笑って話す陽菜さん。
進学先として、京都医療科学大学や福岡の純真学園大学に興味があり、すでにオープンキャンパスにも行く予定だ。
遠方への進学は不安もあるが、家族は「あなたのしたいことをしなさい」と応援してくれている。
そして、ひなさんにはもうひとつ、大切にしている気持ちがある。
「いつか、小値賀でも働きたい。」
医療体制に限りがある小値賀で、自身もいつかは力になりたいと語る陽菜さん。
ただ、そのためには島外でしかできない経験を積む必要がある。
外の町で自分が納得するまで色々な経験をして、人生を楽しむ。
そのうえで、小値賀でもできることを。
小さな頃から憧れてきた“外の町で暮らすこと”。
その気持ちもまた、ひなさんの未来を形づくっている。
▼出口建設
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