家族や地域を支える介護職

Profile

平田 裕子 (ひらた ゆうこ)

 小値賀町生まれ育ち。高校卒業後、名古屋でバスガイドとして勤務。20歳の時、病気を患い一度帰郷。その後23歳で佐世保へ移り住むが、27歳で子ども2人を育てるためUターンし、介護の道へ進む。
3年間の実務経験を経て30歳で介護福祉士を取得。現在は養寿園で利用者の生活全般を支えながら、現場のリアルな声を伝える重要な役割も担う。「常に笑顔でいること」を信条とする明るい人柄で、利用者や同僚から広く信頼されている。

「生活のため。そして母として」――介護の道を選んだ理由

小値賀町で生まれ育った平田裕子さん。高校卒業後は都会への憧れから名古屋に渡り、バスガイドとして働いていた。しかし、20歳の時に体調を崩し、医師からドクターストップがかかったことで帰郷することに。

都会の便利な生活を知ったからこそ、島に戻った当初は「また出るつもり」だったと振り返る。
それでも、2〜3年暮らすうちに、島の静けさや人の温かさに改めて価値を感じるようになった。

23歳の時に結婚を機に佐世保へ移住した。

転機が訪れたのは27歳の時。幼い子ども2人を育てるため、再び小値賀に戻る決断をした。
「とにかく、この子たちを育てんといけん」と、まず考えたのは“安定して働ける仕事”。
そこで選んだのが介護の仕事だった。

「特別に介護に憧れがあったわけじゃないんですよ。生活のため。現実的な選択でした」

働きながら3年間経験を積み、30歳で介護福祉士の国家資格を取得。
未知の仕事への不安、夜勤への恐怖、何もかも初めての連続。それでも前に進めたのは、母としての強い覚悟があったからだ。

「介護職の実態」――介護職が教えてくれたこと

平田さんの介護観の中心にあるのは、親から教わった「常に笑顔でいること」。
たとえ心の中でモヤっとすることがあっても、一呼吸おいてから利用者と向き合う。

「笑顔でいれば、相手も安心してくれるんですよね」

養寿園で働き始めた当初、夜勤の恐怖も強かった。
「二人で夜勤をするんだよ」と言われたとき、 「そんなハードな仕事、私にできるんだろうか」と本気で悩んだという。 子どもを抱える身として、夜家を空ける不安も大きかった。

それでも続けてこられたのは、仕事の中で“良い面”に気づけたからだ。夜勤は確かに体力的にはきつい。
ただ、「夜勤だから特別にきつい」というわけではなく、「どの仕事も同じくらい大変。だから夜勤だけを特別視しなくていい」 と考えるようになった。 何より、夜勤手当も含め、働くメリットも大きい。

また介護は“汚い仕事”というイメージを持たれがちだが、 きちんと技術を身につけ、ガウンや手袋などのケアを徹底すれば、 不快な思いをすることはほとんどない。

そして、排泄介助を終えたあとに利用者からかけられる「ありがとうね、ごめんね」という言葉。
自分ではできないことを手伝ってもらう申し訳なさ、それでも伝えたい感謝の気持ち――
その言葉に触れるたびに、平田さんの中の“汚い”というイメージはいつの間にか消えていったという。

さらに、この経験は職場の外でも活きている。
船酔いで困っている知らない人を自然と介助したり、店先で荷物に困っている人に気づき、声をかけたり――。
恥ずかしさより先に「大丈夫ですか?」が口をついて出る。

「介護を経験しているから、気づけることが増えたんだと思います。
ちょっとだけ、かっこよくなれた気もしてます」 と笑う。

「介護の仕事は、家族も地域も助けてくれる」――未来へつなぐバトン

今、平田さんが強く思うのは、町全体へのメッセージだ。

「施設を残したいなら、人材を確保してほしい。これは私たちだけじゃなくて、小値賀全体の問題なんですよ」

人がいなければ、どれだけ想いがあってもケアは成り立たない。
人材確保さえできれば、もっと良いケアができ、職員の生活も守れる。だからこそ、今が踏ん張り時だと語る。

さらに、その知識と経験が“家族”を支える力にもなるということを実感した。

若年性認知症を患い、早くから介護が必要になった母の世話も、介護職についていた平田さんは自然に行うことができた。

「周りからは“大変ね”と言われたけど、 私は養寿園でしていることを家でしていただけなので、 全然大変だと思っていなかったんです」

しかし、母が入所し、自分の手を離れて初めて、 「自分は大変なことをしていたんだ」と気づいたという。

「経験して悪いことは一つもない仕事。やけん分かる良さが、いっぱいあります」

だからこそ、若い世代や移住者に対しても門戸を開いている。国籍も経歴も関係ない。
最も大切なのは、「やる気」と「人に寄り添う心」。

「一人でも、やってみようかなって思う若い人が増えたら、この島の介護の未来は変わると思うんです」

小値賀の暮らしを支え、笑顔で寄り添い続ける平田裕子さん。
その背中は、介護という“地域の基盤”を、次の世代へ静かに、そして力強くつないでいる。


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